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《 沢田研二 》

 1948年鳥取県生まれ。京都市出身。歌手・俳優・作曲家。ニックネームは「ジュリー」。

 1960年代後半のグループサウンズ全盛期からソロへと活動の場を移して1980年にかけ、独自のヴィジュアルとスタンスで音楽界を賑わせたかなりカリスマ性のある人物。奇抜なファッションとメイクと自身が持ち合わせている色気とが見事に掛け合わさり、多くの女性ファンのハートを射止めた。

 私は、グループサウンズ期については知らないけれども、全盛期とされるソロ活動期の「ザ・ベストテン」等の歌番組の常連であった頃については、かなり強い印象で覚えている。明らかに”普通の”男性歌手とは違ったルックスに目を奪われ、ブラウン管に映る度に目が吸い込まれるような感じで見入っていた。子供心に行き過ぎではないかと思えるようなファッションもメイクもどれもが似合っており、それになによりオーラがあった。ジュリーという存在のおかげで、芸能界とは非現実な現実を見せる人たちの集まりなのだということが分かったし、凡人の自分がいくら背伸びをしても手の届かない世界なのだということもよーく分かった。

 持ち合わせたカリスマ性により華々しい芸能活動を展開しているジュリーが「ヤマト」を歌うというのは、意外性の方が勝り、正直なところヤマトファンにしろジュリーファンにしろ多少の不安が去来したことと思うが、あの衝撃的でずしりとした重みのある『さらば』のエンディングにしんみりとしたキーボードの音とそして同じくしんみりとした歌声が流れて来た時には、歌っているのは誰かということはもはや大きな問題ではないというくらいに心に染み入ったことと思う。

 作詞、阿久悠氏。作曲、大野克夫氏。編曲、宮川泰氏による「ヤマトより愛をこめて」は、当時の時点でこれで”最後”であった「ヤマト」作品のエンディング・テーマ。ヤマトが巨大戦艦に突撃した後にしんみりと流れて来る歌の詞が「その人のやさしさが〜♪」という言葉で始まっており、思わず目頭が熱くなる。そして「一人一人が想うことは 愛する人のためだけでいい」と、大それたことではなく一人一人が出来ることを示し、最後に「今はさらばと言わせないでくれ」という表現によりこの作品がこれで最後であるということを印象付けている素晴らしい詞。ジュリーの歌唱もまた、しっとりと歌い込んでいる。
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